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December , 2017
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金髪のまだら狼 上田馬之助の正体は…

2013年7月3日(水)10時46分更新
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 テレビ朝日の野上〝ジャスティス〟慎平アナウンサーを襲撃する飯塚高史の傍若無人な暴れっぷりを目の辺りにするたびに〝金髪のまだら狼〟上田馬之助さんを思い出す。

「悪党レスラー」は数あれど、そのほとんどが「凶悪外国人レスラー」であった昭和のプロレス、日本人悪党レスラーと言えば、すぐに上田さんを思い出すほどの凶悪ファイトでファンを震え上がらせた。

 上田さんは徹底したプロ根性の持ち主だった。髪を染める人が少なかった時代、若者の髪染めは「不良」であり、ましてや中年男性が金髪にするなど有り得なかった。
「非国民」などと罵声を浴びることもしばしば。「お客さんにヤジられるのは仕方ないけど、親戚の子に『うちに来ないで』と言われたのはショックだったなぁ」とボヤいていた。

 当時、人気を集めていた女子レスラー・ビューティーペアのマキ上田が「親戚だと思われたら困る」と言っていたというのを耳にして、しょんぼりしていたこともあった。

 また地方シリーズとなれば2週間、3週間、東京に戻って来られないのが普通だったとあって「田舎の美容院では金髪に染められないんだよねぇ。それでまだらになっちゃって。あ~あと思ってたんだけど,東スポに『まだら狼』なんて言ってもらってさ、怪我の功名だね」と静かに笑っていた。

 女性ファンが「『大和なでしこは黒髪だよ。染めたらダメだよ』と諭してくれたの」と明かしてくれたこともある。
 若手の頃は技巧派であったのに、主として凶器攻撃、反則攻撃などの試合運び。「だって俺が正統派な試合したってしょうがないだろ。悪党なんだから。出来ないんじゃなくてやらないの」と語っていた。

 普段は物静かな人だったが、お酒が入ると饒舌になった。地方では旅館に泊まって宴会をする日本人本隊とは別行動。外国人勢の一員としてビジネスホテルを利用していたが、基本的には個人行動とあって、地元のいわゆる赤提灯のカウンターでポツンと一人飲む上田さんの姿が目撃されている。暴れ回ってはいたが、本当は寂しかったのかも知れない。

「『林が牛之助だから、お前は馬之助だ』って力道山先生に言われた。本名の上田裕司なんてサラリーマンみたいだから、ダメだって」と聞いた。リングネームは本意ではなかったようだ。

「でも、力道山先生がつけてくれたんだからね」と力道山をこよなく尊敬していた。その力道山が逝ったのと同じ師走に、旅立ってしまった上田さん。「俺が死んだら三途の川で鬼を集めて相撲をとる」というダンチョネ節があったが、上田さんはさしずめ「鬼を集めてプロレスをする」はず。金髪に竹刀、極悪ファイトで鬼たちを震え上がらせることだろう。

 96年3月に交通事故に合い、以後は車椅子の生活を余儀なくされた上田さん。「こんな姿を見せたくないから」と人前に出ることには消極的だったが、それでもどうしてもと言われれば、その度にわざわざ金髪に染め上げ威嚇の表情、その迫力は健在。最後までプロ意識の高い人だった。