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勝利者トロフィーも色々

2013年10月15日(火)10時44分更新
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新日本プロレス10・14両国大会でIWGP戦の勝者、レインメーカー、オカダ・カズチカに東スポ賞の特大トロフィーを贈呈した。挑戦者・棚橋弘至の徹底した右腕攻めに苦闘したオカダは、右ひじに氷嚢をあて、両手を大きく開く得意のポーズも左手を伸ばすのみ。ダメージは大きく、トロフィーも左手で受け取った。

 

強引に右手を取って握手したものの、握り返す力は珍しく弱弱しかった。「チャンピオン、ベルトもエースの称号も君のものだね」と声をかけたときに、浮かべた笑みも引きつってしまった。

 

決戦直後のセレモニーでは、選手が意外な一面を垣間見せることもあるが、とんでもない勝利者トロフィーを贈ったことがあった。

 

2010年5月4日、大日本プロレスの設立15周年記念興行としておこなわれた横浜文化体育館大会で弊社が用意したのは、サボテントロフィーだった。

 

 高さ1メートルはあろうかというサボテンの鉢植え。無数にトゲが飛び出しており、気をつけないと刺さってしまう。かつてない勝利者賞。いや、最初で最後だろう。「日米デスマッチサミット 有刺鉄線条約」マッチの勝利者に贈るとあって、大日プロ・登坂社長と相談のうえのトロフィーだった。

 

 果たして、葛西純、ニック・ケージ、DJハイド組VS沼澤邪鬼、竹田誠志、木高イサミ組の一戦は大荒れの末、葛西組が勝利。葛西組にサボテントロフィーを贈呈した。ただし、死闘の末に相対していた葛西と沼澤が合体しており、葛西と沼澤がサボテントロフィーにダイブ。あっという間に破壊されてしまった。

 

 3年半前の同大会は大日本プロレス設立15周年の記念興行。まさにクレイジーファイトの連続だった。大日本プロレスのリングに上がるのは初めてだったが、アチコチに無数の血が飛び散り赤黒く変色していた。日々の試合の壮絶さを実感したことを今でもよく覚えている。

 あの時「15年も続くと思わなかった」と誰もが口を揃えていた。選手の離脱などで苦しい時期もあり、山あり谷あり。しかし今ではデスマッチに加えて、ストロングBJ部門も充実。若手の充実ぶりも顕著で、本当に層の厚い団体となった。

 

選手の流した血と汗が支える大日本プロレス。「流した汗は報われる、流した涙の分だけ強くなれる」と言われるが、大日本プロレスの場合「流した血と汗の分だけ」であり、さらなる充実は間違いない。