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ヒロ斎藤 レジェンドの秘密

2013年11月5日(火)10時10分更新
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ヒロ・斎藤といえばレジェンドの一人。キャリア35年を誇り、いぶし銀のファイトはまだまだ健在だ。

 

 

 1978年に新日本プロレスに入門しているが、若手時代のあだ名は「チョビ」だった。名付け親は猪木。「何だかさ、チョビチョビしているから」ということだった。

 

 

実際、ヒロ斎藤は小柄で、口数も少なく大人しい性格もあって、地味で目立たない存在だった。休みの日は道場近くの多摩川で黙って一日中釣り糸を垂れる・・・ジョージ高野、前田日明ら個性派が揃っていた当時の新日若手軍団の中でも異色な存在だった。

 

 

練習は熱心にしていたのだが、周囲に本人の努力や熱意が伝わりにくく、結果もなかなかついて来ない。「レスラーに向いてないんじゃないか」。そんな声もあがった。

 

 

「新しい道に進むなら、なるべく若いうちの方がいい。早く見切りをつけさせてやるのもひとつの愛情だ」と助言をする関係者もいて、猪木は仙台の大プロモーター、故・三浦庄吾氏が経営する「源平鮨」を紹介した。

 

 

もちろん、ヒロ斎藤は「プロレスを続けたい」と懇願。普段は何も言わない男の初めての自己主張だった。見かねた坂口征二が「もう少し様子を見てやって下さい」と、猪木に頼み、そのまま新日本プロレスに在籍した。

 

 

その後、カナダ・カルガリーに遠征したヒロ斎藤はキャリアアップし、それまで「体落とし」と言われたつなぎ技を、セントーンという必殺技に昇華させた。「セントーンの第一人者」となり「転職」の話は二度と出ることはなかった。

 

 

今ではもう誰もチョビなどとは呼ばない。「いや、僕は自分でレジェンドなんて言ったことは一度たりともない。一日一日の積み重ねで今があるだけ。アッという間だった」と振り返るヒロ斎藤。一見、強面だが、謙虚な姿勢は、若手時代と変わらない。だからこそ、レジェンドと尊敬されるのだろう。