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August , 2017
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ドクター林の健康トラの穴 第17回「四肢麻痺状態のレスラーは復帰できるのか・・・」

2013年12月9日(月)12時00分更新
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ジャーマンスープレックスで頸椎損傷を起こした選手は完全四肢麻痺の状態となり、頭だけはしっかりしており食欲もまあまあ、食べても排泄が自力ではできないためその都度看護師さんを呼んで手伝ってもらっていました。

通常の人が当たり所が悪くて頚椎損傷になるとこのままの状態が一生続くこともあり得ます。

彼の場合は人並み外れた体力と気力ががあった、ということも手伝ってか自分で少しづつでも動こうと努力し始めていました。

いつも体力を過信していたせいか無茶な動きをして、それができないために転倒したりして悔しい思いをしていたり、実際かえって具合が悪くなることもありました。

しかしプロレスラーとして復帰することばかり考えている彼は少しずつでも指先だけでも動かそうと必死に努力しているのがわかりました。

1か月もすると手足はベッド上で動かせるようになり排泄もなんとか看護師さんの手をあまり煩わせることなくベッド上ですが自力で済ませられるようになりました。

そのころから頸椎の手術の話が出るようになりました。

当初入院していたのは関西でしたので本人はどうしても東京へ戻って手術を受けたいという意向が強く我々に東京でどこかよい病院を探してほしいと懇願していました。

病院を探すまで1か月もたったでしょうか、転院の日にはなんとか立ち上がってつかまりながらやっと数歩歩けるようになっていました。上半身も車いすに座ってなんとか起立を保てる程度になっていました。

東京までマイクロバスで運びましたが途中疲れも見せず姿勢もしっかりと保ち東京まで6時間のドライブ、無事に耐えてきました。

入院して再度検査し直し一番の問題は頚椎の脊柱管狭窄症であるとの診断がつき、幸運にもその主治医が最も得意とする分野で独特の新しい手術法を行うということで説明を受けました。

説明会にはお父さんも来て話を聞いていましたが、彼の回復力を信じて必ず良くなるだろうと、そういう星をもって生まれた子供であるというような愛情に満ちた話をされていました。

手術も無事成功しそれからはリハビリの日々が始まりました。

歩行訓練と手指の訓練。大きな手を必死になって広げたり閉じたり、ものを掴んだり落としたり、必死の形相には一日も早く試合に復帰するんだという強い意志を垣間見ることができました。

でも私はまだプロレスラーへの復帰は無理だろうと考えていました。

Dr.hayashi

 

本名 林 雅之

1949生

千葉市出身

秋田大学医学部卒業

現在 医療法人社団祐光会理事長 弘邦医院院長

内科医として地域医療に従事する傍らスポーツドクターとして

東京都テコンドー協会会長

新日本プロレス 全日本プロレス ゼロワンなど各プロレス団体のリングドクターを務めている

メディカルエンターテナーとして「笑いと健康」をテーマにライブ活動を各地で行っている

ED治療に関しては日本での第一人者であり「男力復活」に取り組んでいる。

 

著書 

ガンやリウマチに効果のある免疫療法(本の泉社)

  リングドクターが見たプロレスラーの秘密(三一書房)

  脳で感じるセックス入門(扶桑社)

  など20数冊

 

新聞連載

  日刊ゲンダイ(関西版) ドクター林の性の相談室