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October , 2017
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ドクター林の健康トラの穴 第18回「信じるものは報われる!ついに復帰へ」

2013年12月13日(金)06時00分更新
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頸椎の手術が無事終了してから、1週間に1回くらいのペースでお見舞いに行っていました。

行くたびにいつもリハビリ室で歩行訓練や手指の訓練を一生懸命やっている彼。早くも歩行は杖をついて廊下を歩けるようになってきました。

海賊男みたいだと軽口をたたけるようになってきましたし、手の訓練では細かいものを掴むのはなかなか難しいようでしたがそれでもスプーンを持って食事をできるまでに回復したのです。

杖をついてでもなんとか歩けるようになったのですから、ふつうはこれで良しとしたいところです。

手術の経過が順調だったため、リハビリは通院してでもできるから、ということで退院。

自宅で歩くことや日常生活で指を使えば訓練になり特にリハビリに通わなくともよいと思い自宅での訓練を薦めました。

毎日リハビリをしながら今日はどこまでできました、と報告の電話が入るように。

はじめは通常通り自宅で日常生活が少しでもスムーズにできるようにとがんばっていましたが、一日も早くプロレス復帰を果たしたいとの執念からでしょうか、歩くだけでは物足らずジョッギング程度には走れるようになっていたのです。

「多摩川の河原をジョッギングしていた」とほかのレスラーの目撃談を聞くたびにまさか!と耳を疑うことが少なくありませんでした。

「リングの上でロープワークをしました」との報告には、お願いだから受け身の練習なんかしないでくれよと懇願したものです。

ほどなくして一日も早くリングに立ちたいという執念からか、もって生まれた星のおかげか、信じられないスピードでリング復帰を果たすことができました。

最初こそ冷や冷やしながら試合を見ていましたがすぐに安心して見ていられる状態に。

今ではもう誰も怪我したことなど忘れているのではないかと思うくらい通常通りに試合をしているため話題にもしなくなりました。

頚椎損傷、完全四肢麻痺というほぼ不治と思われる病を乗り越えてプロレス復帰を短期間で果たした、まさに怪体と呼ぶに相応しい肉体を持った選手です。

闘病中ただの一度も「プロレス人生が終わった」とは思わなかったそうです。

とにかく一日も早い復帰を夢見てリハビリに専念していたとのことです。

回復を促す要因の一つはあの花道を通る時とリングに上がった時にもらう歓声かもしれませんね。

 

Dr.hayashi

 

 

 

 

 

本名 林 雅之

1949生

千葉市出身

秋田大学医学部卒業

現在 医療法人社団祐光会理事長 弘邦医院院長

内科医として地域医療に従事する傍らスポーツドクターとして

東京都テコンドー協会会長

新日本プロレス 全日本プロレス ゼロワンなど各プロレス団体のリングドクターを務めている

メディカルエンターテナーとして「笑いと健康」をテーマにライブ活動を各地で行っている

ED治療に関しては日本での第一人者であり「男力復活」に取り組んでいる。

 

著書 

ガンやリウマチに効果のある免疫療法(本の泉社)

  リングドクターが見たプロレスラーの秘密(三一書房)

  脳で感じるセックス入門(扶桑社)

  など20数冊

 

新聞連載

  日刊ゲンダイ(関西版) ドクター林の性の相談室

 

ラジオ 

  かつしかFM ドクター林の健康げらげらクリニック(水曜日20:00~21:00)