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November , 2017
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ドクター林の健康トラの穴 番外編 「あぁ、懐かしの昭和プロレス 2」

2014年5月29日(木)06時00分更新
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1950年代後半ころからプロレスに興味を持ってよく見るようになりました。

日本人レスラーは力道山、遠藤幸吉、吉村道明、豊登などが活躍していました。

力道山は空手チョップ、岩石落とし、遠藤幸吉はドロップキック、吉村道明はドロップキックと回転エビ固め、豊登は怪力を生かしたサバ折り、バックブリーカー、両腕を身体の前で交差してわきの下でパコン、パコンと音をさせ相手を威嚇する技、いまでも鮮明に思い出す光景ばかりです。

吉村道明の頭にはいつも血の滲んだ鉢巻が巻かれて戦っていた気がします。

彼は〝火の玉小僧〟〝闘将〟と呼ばれ、その姿が力道山の十分な引き立て役を果たしていました。

回転エビ固めを見たときは何と器用な選手だろうと思い、学校でプロレスごっこをやるときは「この技をできるようになりたい」と思ったものでした。

豊登は怪力でのサバ折を得意としており「自分は日本一腕を鍛えた自信があります」とテレビで言っていました。

「日本一鍛えるとはどのくらいだろうか」「朝から晩まで腕立てをやり続けたのだろうか」「自分で日本一鍛えたと言えるのはすごいことだな」と子供心に思ったものでした。

それから「自分も何かを日本一練習した、日本一頑張った、と言えるものを作ろう」とやる気を出した記憶があります。

当時よく見ていた外人選手はシャープ兄弟、メキシコの巨象ジェス・オルテガ、グレートアントニオ、耳そぎニードロップのキラーコワルスキー、覆面レスラーミスター・アトミック、パット・オコーナー、ゼブラ・キッド フレッド・ブラッシー、ボボ・ブラジル、ザ・デストロイヤー等々、今名前を列挙しているだけで未だに気持ちがわくわくしてくるのを覚えます。

当時、とにかく外人選手は身体が大きく反則をするイメージがあり、日本人レスラーとは体格に大きな差がありましたが、その小さな日本人が大きな外人選手を血だらけになりながらも撃退する雄姿は感動ものでした。

〝咬みつき魔〟フレッド・ブラッシーの試合では、やすりで日々研いでいる歯で相手選手の額に咬みつき血まみれにする試合でした。

そのあまりに残虐な試合にテレビを見ていた観客が4人ショック死したという事件がありました。

Dr.hayashi

 

 

 

 

本名 林 雅之

1949生

千葉市出身

秋田大学医学部卒業

現在 医療法人社団祐光会理事長 弘邦医院院長

内科医として地域医療に従事する傍らスポーツドクターとして

東京都テコンドー協会会長

新日本プロレス 全日本プロレス ゼロワンなど各プロレス団体のリングドクターを務めている

メディカルエンターテナーとして「笑いと健康」をテーマにライブ活動を各地で行っている

ED治療に関しては日本での第一人者であり「男力復活」に取り組んでいる。

 

著書 

ガンやリウマチに効果のある免疫療法(本の泉社)

  リングドクターが見たプロレスラーの秘密(三一書房)

  脳で感じるセックス入門(扶桑社)

  など20数冊

 

新聞連載

  日刊ゲンダイ(関西版) ドクター林の性の相談室

 

ラジオ 

  かつしかFM ドクター林の健康げらげらクリニック(水曜日20:00~21:00)