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December , 2017
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ドクター林の健康トラの穴 番外編 「あぁ、懐かしの昭和プロレス 3」

2014年6月5日(木)06時30分更新
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〝銀髪鬼〟と呼ばれたフレッド ブラッシーという選手、やすりで歯を研いでいる写真が新聞に載っていました。

「この研ぎ澄まされた歯で相手の額に咬みつき血だるまにしているんだ」と思うと戦慄を覚えたものです。

血だるま事件として一番記憶に残っているのはグレート東郷との試合です。彼も怪奇レスラーの一人で、両肩を上下させて相手を威嚇し強烈な頭突きのみで戦う選手でした。

その硬いと思われている頭に咬みつき血だるまにするのですから、観客に与える恐怖は計り知れないものがありました。

テレビを見ているお年寄りがショック死したとしても決して不思議ではないくらいでした。

咬みついてばかりのブラッシー、他の技はないのかと思ってみていましたが新聞のコメントで吉村道明が「ブラッシーに技がないだって、とんでもない彼は相当なテクニシャンだぜ」、といっているのを読んで妙に感心したのを覚えています。

85才で長く患っていた心臓と腎臓の病気で亡くなったと聞いていますが、当時のレスラーとしては長生きだったようです。

グレート東郷は62才で胃がんの手術の経過が悪くなくなりましたが、日系アメリカ人のヒールレスラーのひな形となりキンジ渋谷、ミツ荒川などに受け継がれました。

日本に於いては、日本人レスラーの頼もしい助っ人の一人として活躍していました。

日系人レスラーのスタイルと言えば“股引に下駄”いうスタイルでしたが、アメリカ修行から凱旋帰国してくる日本人レスラーの中にもこのような格好をしている選手がいました。

芳の里という選手はアメリカではこのスタイルでヒールとしてならし、〝デビルのサト〟として恐れられていました。

下駄を背中のタイツの中に隠し、こっそり取り出しては相手の頭を叩くシーンには楽しめたものでした。如何せん身体が小さいから残念だと思っていました。

テレビで見ていると小さい選手でしたが、私がプロレス業界に入ってから晩年の芳の里さんとお会いする機会が一度だけありました。

確かに上背はさほどでもありませんでしたが顔や横幅は今の選手をはるかに凌ぐ大きさでびっくりしたことを思い出します。彼は70才で多臓器不全で亡くなっています

Dr.hayashi

 

 

 

 

本名 林 雅之

1949生

千葉市出身

秋田大学医学部卒業

現在 医療法人社団祐光会理事長 弘邦医院院長

内科医として地域医療に従事する傍らスポーツドクターとして

東京都テコンドー協会会長

新日本プロレス 全日本プロレス ゼロワンなど各プロレス団体のリングドクターを務めている

メディカルエンターテナーとして「笑いと健康」をテーマにライブ活動を各地で行っている

ED治療に関しては日本での第一人者であり「男力復活」に取り組んでいる。

 

著書 

ガンやリウマチに効果のある免疫療法(本の泉社)

  リングドクターが見たプロレスラーの秘密(三一書房)

  脳で感じるセックス入門(扶桑社)

  など20数冊

 

新聞連載

  日刊ゲンダイ(関西版) ドクター林の性の相談室

 

ラジオ 

  かつしかFM ドクター林の健康げらげらクリニック(水曜日20:00~21:00)