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September , 2017
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ドクター林の健康トラの穴 番外編 「あぁ、懐かしの昭和プロレス 4」

2014年6月19日(木)07時35分更新
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昭和のプロレスを語るのに欠かせないレスラー、それは言わずもがな、ザ デストロイヤーです。

1963年5月、日本プロレスに初来日して戦慄の足4の字固め披露し、力道山と攻防を繰り広げました。

テレビ放映の翌日には早速小学校の廊下でのプロレスごっこで足4の字固めのかけっこが行われました。

この時からこの技は今に至るまでプロレスらしい技として多くのレスラーたちに用いられています。

1995年10月の東京ドームでの「新日本プロレス対UWF」の試合のメーンエベントIWGP選手権試合「武藤敬司対高田延彦」の試合で勝負を決めたのは武藤の足4の字固めでした。

これは格闘技路線を行く団体と従来のプロレスの団体の威信をかけた対抗戦であり、その有終の美を飾ったのは武藤敬司のこの技であり、プロレス最強を印象づけるに相応しい勝利でした。

ザ デストロイヤーは長年に亘って日本を戦場と定め力道山を初め豊登、ジャイアント馬場、アントニオ猪木と名勝負を繰り広げてきました。

1973から6年間ほど全日本プロレスの所属選手となり今度は外人選手と名勝負を繰り広げました。

その間覆面十番勝負を行いミル・マスカラスを初めスーパーデストロイヤー、ミスターレスリング、カリプスハリケーンなど世界の強豪と戦いました。

「金曜10時!うわさのチャンネル」にレギュラー出演しお茶の間の人気を博したのはまだ記憶に新しいところです。

当時プロレスラーに憧れていた私に、そしてその後の人生にも影響を与えたデストロイヤーの言葉があります。

誰と戦った試合だったか忘れましたがタイトルマッチの一戦でした。

デストロイヤー勝利後の談話によると、その試合の時に熱が38.度くらいあったとのことでしたが、

「チャンピオンはどんなにコンデションが悪くとも、反則を使いながらでも、ベルトを守らなければならない」という言葉でした。

「そうなんだ体調が悪いから試験ができなかったとか言い訳をしてはいけないんだ」、「悪いなら悪いなりに何とか試験ができるようなテクニックを持たなければいけないんだ」とこの教えはその後の私の人生に強い影響を与えたと一言となりました。

Dr.hayashi

 

 

 

 

本名 林 雅之

1949生

千葉市出身

秋田大学医学部卒業

現在 医療法人社団祐光会理事長 弘邦医院院長

内科医として地域医療に従事する傍らスポーツドクターとして

東京都テコンドー協会会長

新日本プロレス 全日本プロレス ゼロワンなど各プロレス団体のリングドクターを務めている

メディカルエンターテナーとして「笑いと健康」をテーマにライブ活動を各地で行っている

ED治療に関しては日本での第一人者であり「男力復活」に取り組んでいる。

 

著書 

ガンやリウマチに効果のある免疫療法(本の泉社)

  リングドクターが見たプロレスラーの秘密(三一書房)

  脳で感じるセックス入門(扶桑社)

  など20数冊

 

新聞連載

  日刊ゲンダイ(関西版) ドクター林の性の相談室

 

ラジオ 

  かつしかFM ドクター林の健康げらげらクリニック(水曜日20:00~21:00)