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August , 2017
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ドクター林の健康トラの穴 番外編 「懐かしの昭和プロレス10 ~巨漢レスラー~」

2014年8月7日(木)06時00分更新
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子供の頃は大きく、強くて見たこともないような外人選手の来日をわくわくして待ち望んだものでした。

それぞれに個性あふれるレスラーが多い時代でしたが、巨漢のレスラーともなると日本人では考えられないほど大きく楽しみに見ていたものでした。

私が子供のころに話題になった巨漢レスラーで記憶にあるのは、“密林男”と呼ばれたグレートアントニオです。

体重200kg位で怪力、神宮外苑で満員の大型バス3台を引っ張るというデモンストレーションを行いました。しかし、バスが動いたかどうかは記憶にありません。

プロレスについても記憶があまりありませんが、実力は伴わず力道山にストレート負けを喫していたと思います。

その後に来日したのは“人間空母”、“お化けカボチャ”の異名をとる体重273kgのヘイスタック・カルホーン。

オーバーオールを着用し、家畜の蹄鉄を鎖で首にぶら下げた農夫姿で登場。羽田空港から都心のホテルまでバスに乗れず小型トラックの荷台で運ばれて話題を呼びました。

その後2度ほど日本のリングに姿を見せましたが、だんだん体重は減って初来日の面影はなくなっていきました。55才で糖尿病で亡くなったそうです。

このカルホーンとの巨漢コンビで数年後来日した“カナダの人間山脈”マンマウンテン・カノンというレスラーがいました。

巨漢と言っても実際は175cm・136kgであり、今のレスラーの中では決して大きいほうではありません。むしろ身長など小さいほうです。

巨漢レスラーと言えばなんといってもアンドレ・ザ・ジャイアントがナンバーワンでしょう。

もう今のプロレスファンの方にもなじみの深いレスラーで人々の記憶に新しい選手ですが、身長は223cmで体重236kgと言われていましたが来日するたびに体重が増えていっていたようでした。

酒豪であり試合後はビールを70本飲むと言われてました。

46歳で宿泊先のホテルにて急性心不全で亡くなりましたが過度の飲酒によるものだろうと推測されています。

大きいことで驚きを与えられる巨漢レスラーをこれからもどんどん世界中で発掘してほしいものです。そんなレスラーに出会えれば、子供の頃のようにまたわくわくできそうです。

Dr.hayashi

 

 

 

 

本名 林 雅之

1949生

千葉市出身

秋田大学医学部卒業

現在 医療法人社団祐光会理事長 弘邦医院院長

内科医として地域医療に従事する傍らスポーツドクターとして

東京都テコンドー協会会長

新日本プロレス 全日本プロレス ゼロワンなど各プロレス団体のリングドクターを務めている

メディカルエンターテナーとして「笑いと健康」をテーマにライブ活動を各地で行っている

ED治療に関しては日本での第一人者であり「男力復活」に取り組んでいる。

 

著書 

ガンやリウマチに効果のある免疫療法(本の泉社)

  リングドクターが見たプロレスラーの秘密(三一書房)

  脳で感じるセックス入門(扶桑社)

  など20数冊

 

新聞連載

  日刊ゲンダイ(関西版) ドクター林の性の相談室

 

ラジオ 

  かつしかFM ドクター林の健康げらげらクリニック(水曜日20:00~21:00)