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November , 2017
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ドクター林の健康トラの穴 番外編 「懐かしの昭和プロレス11 ~黒人レスラー~」

2014年8月21日(木)06時00分更新
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昭和のプロレスでは、黒人選手のその素晴らしい肉体と身体能力に度肝を抜かれて見ていました。

1950年代の後半から何度も来日しておなじみの「黒い魔神」と呼ばれたボボ・ブラジルは、ココバットという驚異の頭突きで力道山を苦しめました。

黎明期のプロレス界に於いて、代表的な黒人レスラーとして活躍しその地位の向上に貢献しました。

大柄な身体にも拘わらず動きにはキレがあり、長身から繰り出されるジャンプして上から叩きつけるような形のヘッドバッドである〝ココバット〟は破壊力抜群で、石頭で知られる大木金太郎さえも何度もよろめいたほどでした。

この技は彼以外には一度も見たことのない頭突きで、日本人の誰もまねできない彼のオリジナル技と言えます。

彼はジャイアント馬場のインターナショナルヘビー級王座に挑戦し、一度勝利して獲得しています。

もう一人忘れられない黒人レスラーと言えば、黒人でありながら髪をブロンドに染めリング上で手鏡と櫛で髪を整えるパフォーマンスをした伊達男スウィート・ダディ・シキです。

サングラスがトレードマークの派手なレスラーでしたが、ただの目立ちたがり屋でなくその実力は米マット界でも有名でした。

ドロップキックに見られるような黒人特有のばねを持ったジャンプ力は到底日本人の比ではありませんでした。

そのショーマンシップには一種の憧れを抱いたものでした。

そしてもう一人、あまり見たことはありませんでしたがその名は強く記憶に残っている黒人レスラー、ロッキージョンソン。こちらもそのバネのある身体から繰り出す華麗なドロップキックの使い手として知られていました。

筋骨隆々とした肉体はこれも日本人には見られない身体で、DNAと言えばそれまでですが羨望のまなざしで見つめていました。

ご存知のように息子はあの超有名なプロレスラーで俳優でもあるザ・ロックです。DNAには勝てませんね。

このように日本のプロレス史上に於いて黒人レスラーは重要な役割をして日本のプロレス界に花を添えてくれました。

そしてその後のブッチャーの出現は大きく貢献をもたらしてくれることになります。

Dr.hayashi

 

 

 

本名 林 雅之

1949生

千葉市出身

秋田大学医学部卒業

現在 医療法人社団祐光会理事長 弘邦医院院長

内科医として地域医療に従事する傍らスポーツドクターとして

東京都テコンドー協会会長

新日本プロレス 全日本プロレス ゼロワンなど各プロレス団体のリングドクターを務めている

メディカルエンターテナーとして「笑いと健康」をテーマにライブ活動を各地で行っている

ED治療に関しては日本での第一人者であり「男力復活」に取り組んでいる。

 

著書 

ガンやリウマチに効果のある免疫療法(本の泉社)

  リングドクターが見たプロレスラーの秘密(三一書房)

  脳で感じるセックス入門(扶桑社)

  など20数冊