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October , 2017
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ドクター林の健康トラの穴 番外編 「懐かしの昭和プロレス13 ~ボブ・バックランド~」

2014年9月4日(木)08時00分更新
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1976年大学を卒業して6年間の秋田での生活に別れを告げ、東京に逃げるように戻ってきました。

刺激のない秋田での生活と、大好きだったプロレスをも忘れさせる過酷な勉強からやっと逃れられる嬉しさに胸いっぱいの希望を抱いて新宿での勤務医生活を始めました。

卒業試験やら国家試験やらでプロレスのテレビを見ることもなく、東スポさえも見ることがない生活をしていましたが、東京に戻り毎日帰りの電車では東スポを読めるうれしさを噛みしめていました。

以前のようにプロレス記事が1面ではなくなっていましたが、それでも大きな試合の時には1面になっていたように記憶しています。

そのころアメリカのプロレス界ではボブ・バックランドというアスリートのような選手が活躍していて、ニューヨークの帝王と呼ばれWWFの王座に君臨し続けていました。

バックランドが日本に来て猪木と戦うことになっていたその日、昼休みに京王プラザホテルのプールに泳ぎに行くとだれもいないプールに一人悠々と泳いでいる筋骨隆々の人がいました。

それがあのバックランドだとわかるのにそう時間はかかりませんでした。

この時とばかり水から上がった彼に話しかけました。「あなたはボブバックランドさんですか、私はあなたのファンです。今夜猪木さんと試合をすることになっていますがどうかよい試合を期待しています。」

バックランドはとても優しい顔で「どうもありがとう。」といい、愛想よく笑いかけて握手を求めてきました。

しかしそれがいつだったかは記憶が定かではありません。

プールに入っているから夏には違いないのですが、いろいろ記録を調べても猪木とビッグマッチを夏におこなった記録は見つかりません。

しかしあの優しい笑顔と紳士的な態度を忘れることはできません。

運動神経抜群で強いという印象を与える選手でしたが、パフォーマンスをするでもなくどこか派手さに欠け、初めはその素朴なアスリート然とした風貌が好感をもって迎えられました。

しかしプロレスラーとしての華に今一つかけていたのか、いつの間にかハルクホーガンの出現によって影が薄くなってしまいニューヨークの帝王も取って代わられました。

Dr.hayashi

 

 

 

名 林 雅之

1949生

千葉市出身

秋田大学医学部卒業

現在 医療法人社団祐光会理事長 弘邦医院院長

内科医として地域医療に従事する傍らスポーツドクターとして

東京都テコンドー協会会長

新日本プロレス 全日本プロレス ゼロワンなど各プロレス団体のリングドクターを務めている

メディカルエンターテナーとして「笑いと健康」をテーマにライブ活動を各地で行っている

ED治療に関しては日本での第一人者であり「男力復活」に取り組んでいる。

 

著書 

ガンやリウマチに効果のある免疫療法(本の泉社)

  リングドクターが見たプロレスラーの秘密(三一書房)

  脳で感じるセックス入門(扶桑社)

  など20数冊

 

新聞連載

  日刊ゲンダイ(関西版) ドクター林の性の相談室

 

ラジオ 

  かつしかFM ドクター林の健康げらげらクリニック(水曜日20:00~21:00)