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March , 2017
Sunday


ドクター林の健康  「1995年 北朝鮮『平和の祭典』の思い出」

2014年10月23日(木)06時00分更新

1995年に正式に新日本プロレスのリングドクターに就任しました。

これはそれまでリングドクターを務めていた富家孝先生から「そのうち代わってほしい」と要請を受けていたためで、北朝鮮平和の祭典への同行をきっかけに正式に代わりました。

それまで新日本プロレスには時々顔を出し地方興行なども同行していましたので、すんなりと溶け込むことができました。

女子の場合は年下ばかりでしたので、気安い反面控室などに入るのは憚られる面があり、みんなと親しくなるまで数年かかりました。

男子の場合は、年上の人も多く気難しく感じることもありそれなりに気を遣いましたが、男同士ということもあり親しくなるのにそう時間はかかりませんでした。

北朝鮮に行けたのは一生の思い出です。

珍しくも名古屋空港から平壌までの直行便でした。

平壌に着いてパスポートを取り上げられたときは、このまま帰れなくなるのではないかと不安がよぎりました。

その後2人一組になって小型のベンツに乗りホテルまで送られました。

ホテルに着いてまず初めに驚いたことは、ほとんどの従業員があまりにも日本語が達者だったということです。

どこでこんな教育を受けたのか、日本なのかそれともこちらでなのか?李恩恵さんからなのか、と不気味にさえ感じました。

ホテルは日本の一流ホテルと遜色なく食事も豪華で聞くと見るとは大違い、という印象でした。

それぞれの2人組に通訳と称する頑強そうな2人組が付き添いました。私たちに着いたのはあえてそうしたのか医療関係者とのことでした。

外出しようとするとスーッと近寄ってきて「どこ行きますか?案内します」と体をぴったりくっつけてきます。

「ああ、これは監視されているんだな」と気づくのにそう時間はかかりませんでした。

街はどんよりと曇った色をしており、日本のようなカラフルな華やかさがありませんでした。

しかし、道路は幅が広くまっすぐに伸びており「有事の際は滑走路になるのだな」と容易に想像することができました。

地下鉄も地下100mのところを走っておりこれもいざというときにはシェルターとなる

のだと思われました。

 

Dr.hayashi

 

 

 

本名 林 雅之

1949生

千葉市出身

秋田大学医学部卒業

現在 医療法人社団祐光会理事長 弘邦医院院長

内科医として地域医療に従事する傍らスポーツドクターとして

東京都テコンドー協会会長

新日本プロレス 全日本プロレス ゼロワンなど各プロレス団体のリングドクターを務めている

メディカルエンターテナーとして「笑いと健康」をテーマにライブ活動を各地で行っている

ED治療に関しては日本での第一人者であり「男力復活」に取り組んでいる。

 

著書 

ガンやリウマチに効果のある免疫療法(本の泉社)

  リングドクターが見たプロレスラーの秘密(三一書房)

  脳で感じるセックス入門(扶桑社)

  など20数冊

 

新聞連載

  日刊ゲンダイ(関西版) ドクター林の性の相談室

 

ラジオ 

  かつしかFM ドクター林の健康げらげらクリニック(水曜日20:00~21:00)