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March , 2017
Sunday


ドクター林の健康トラの穴 「1995年 北朝鮮『平和の祭典』の思い出」4

2014年11月13日(木)07時00分更新

1995年4月の28日と29日に北朝鮮メーデースタジアムで行なわれたプロレスの興行は、1日目15万人、2日目はさらに多いなんと19万人を集めて行われました。

動員されて来たとは言え5時間もかけて歩いて来た人たちもいるほど、国民に対する強制力はたいしたものだと感じました。

国民の金日成 金正日への忠誠心は、ホテルのテレビで終日その栄誉を称える番組ばかりを流していたのを見てもわかるように国民への小さいころからの洗脳で生まれてきたものと思われます。

後で聞いた話ですが女子レスラーたちが金日成の銅像を見学に行った際ふざけて銅像に並んで、右手を上げているポーズを真似したとき通訳に「あなた方は将軍様を馬鹿にするのですか!」と怒られた、と言っていました。

将軍様の偉大さを小さいころから刷り込まれている国民にとっては耐え難いものだったのでしょう。

ちょうど戦時中の日本のようですが、統制の厳しかった時代でも日本のほうがまだ自由に自分の意思を表せたように思います。

また帰りにホテルを出るとき、ロビーで集合していると部屋の係りの女性が血相を変えて飛んできました。「将軍様に頂いた部屋のタオルが一枚なくなっている!」と。

「いや~日本ではよくホテルのタオルなんか持ち帰るものですから」その部屋に泊まっていた人が悪気もなく持ち帰ろうとしたのですが、なんといっても将軍様より賜った恩賜のタオル、一枚たりとも無駄にすることは許されなかったのでしょう。

というより無くしたときの罰則に厳しいものがあったのかもしれません。国民の統制は厳しい罰則のもとにとられているよう思えました。2日で34万人もの動員ができるのもの厳しいペナルティあればこそかもしれません。日本では全く考えられないことです。

プロレスの試合後に平和の祭典で民衆が踊っている広場にゆきました。

そこにも人数はわかりませんが限りなく大勢の人たちが踊り狂っていました。そう、狂っているというのがまさに適切な表現です。

その踊りの群集の中には入れずただ見物していただけですが熱狂のあまり「このまま日本を攻めるぞ~」と誰かが言えば全員が従ってもおかしくない雰囲気でちょっと恐ろしくも感じました。

7日間の北朝鮮訪問も無事に終わり帰国しましたが、その中で一番うれしかったのは5日目くらいだったでしょうか、予定を繰り上げて早く帰国することになりそうだという噂が流れたときです。

結局予定通りになりましたが一日も早く帰りたかったというのが偽らざる気持ちでした。拉致被害者の方々の心境、如何ばかりかと想像するに余りあります。

 

 

Dr.hayashi

 

 

 

 

本名 林 雅之

1949生

千葉市出身

秋田大学医学部卒業

現在 医療法人社団祐光会理事長 弘邦医院院長

内科医として地域医療に従事する傍らスポーツドクターとして

東京都テコンドー協会会長

新日本プロレス 全日本プロレス ゼロワンなど各プロレス団体のリングドクターを務めている

メディカルエンターテナーとして「笑いと健康」をテーマにライブ活動を各地で行っている

ED治療に関しては日本での第一人者であり「男力復活」に取り組んでいる。

 

著書 

ガンやリウマチに効果のある免疫療法(本の泉社)

  リングドクターが見たプロレスラーの秘密(三一書房)

  脳で感じるセックス入門(扶桑社)

  など20数冊

 

新聞連載

  日刊ゲンダイ(関西版) ドクター林の性の相談室

 

ラジオ 

  かつしかFM ドクター林の健康げらげらクリニック(水曜日20:00~21:00)