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October , 2017
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〝Uインター〟創始者・鈴木健氏こそが、智謀のリーダーだ!

2015年6月17日(水)10時30分更新
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居酒屋 市屋苑(いちおくえん)のオーナーとして活躍する鈴木氏

 15年上半期のベストセラー『智慧の法』(幸福の科学出版)によれば「智謀」とは「自分がなすべき仕事とは何 か、という問いに対して答えを出す」事だそうだ。

 そう考えれば、90年代に一世を風靡したUWFインターナショナルの創始者・鈴木健氏はまさに「智謀のリーダー」だといえよう。

資金無しからのスタートで一時、プロレス界の頂点まで登り詰めたUインターの成功と撤退。その後、飲食店『市屋苑』のオーナーとして再起している現在…これらを全て体現した鈴木氏が高田との運命の出会いをこう明らかにした。

「19歳の時、文具店に就職したものの24歳で会社が倒産。その後、取引先の計らいから独立しました。同じ時期、事務所前のマンションに高田延彦が引っ越してきたのです。道端で高田とよく会う事から、高田がうちの事務所に遊びに来る様になり、高田のファンクラブを設立したのがUインター発足の礎です」

 当時、UWFに所属していた高田だが、団体にはカリスマ的存在の前田日明が君臨。その為、どう足掻いてもトップには立てなかったのだ。

 そんななか団体が分裂。高田に千載一遇のチャンスが到来した。

「僕は高田にお金を用意すると語り新団体設立を提案したのです。親戚などから資金提供を受けてUインターを立ち上げたのです」(鈴木氏)

 ストロングスタイルを前面に出したUインターは大人気。資金0からスタートした団体が3年でトップ団体になったが、2年後には運営危機に陥り解散の憂き目に遭ったのだ。

 浮き沈みの激しいプロレス界を僅か5年とはいえ、疾走した鈴木氏。常人ならば、ここで意気消沈するところだが、彼はここから奮起する。何と、プロレス時代のスポンサーから資金を借り入れ飲食店『市屋苑』をオープンさせたのだ。

「結局、このスポンサーは土地建物を失ってしまった。私は感謝と反省から毎月、彼に10万円、今でも支払っています。その甲斐あって最近、彼は自宅を立てられるまで復活した。この恩は一生もの。死ぬまで10万円を支払い続けます」(鈴木氏)

人を動かす条件とは「陰日向なく周りの人や多くの人のために尽くしていく姿勢を見せること」(智慧の法)だという。これぞ、鈴木氏の生き様だ。