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January , 2018
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慰安婦像受け入れサンフランシスコ市長が急死 批判浴びたもう一つの問題

2017年12月13日(水)04時10分更新
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「#難民と共に」とのメッセージボードを掲げるリー市長(@mayoredlee/instagram)

「#難民と共に」とのメッセージボードを掲げるリー市長(@mayoredlee/instagram)

 米国で先月、在米中国系民間団体が設置した慰安婦像の寄贈の受け入れを承認したサンフランシスコ市のエドウィン・リー市長(65)が12日、急死した。同像が公共物となったことに反発した大阪市が姉妹都市提携の解消を宣言するなど、日本では“反日市長”として話題を集めたリー市長だが、米国内では別の問題で猛批判を浴びていた。

 リー氏は11日、同市内で買い物中に倒れ、翌日亡くなった。心臓発作とみられる。中国系移民の両親の子としてワシントン州シアトルで生まれ、人権派弁護士として活動した後、2011年にサンフランシスコの市長として当選。同市初のアジア系市長となった。15年には再選され2期目だった。

 もともと全米でも代表的なリベラル都市として知られるサンフランシスコ。1989年には「聖域都市」を宣言。これは、連邦政府の不法移民政策に協力せず、不法移民というだけで逮捕や強制送還しないというものだ。

 だが、メキシコやアジア系などの不法移民が今や1100万人とも言われる米国では近年、「職を奪われる」「治安が悪化する一方」などと国民の不満が高まり続けている。トランプ大統領が選挙公約とした「国境の壁」建設や「不法移民は国外追放」という方針の支持が広がった背景にはそんな理由がある。

 その流れに反し、リー市長は就任2年後の13年には「聖域都市」の具体策として不法移民を保護する新たな条例を推進し、市は全会一致で可決。新条例により、当局は市内に住む不法移民に対し、殺人や性犯罪などの重い犯罪歴が無い限り、不法滞在という理由だけで身柄拘束はできなくなった。

 当然、多くの市民はこの新条例に反発。昨年5月にはリー市長のリコール運動が起きるなど、サンフランシスコは反市長派とリベラル派に分断されていた。

 そんなリー市長の急死を速報した米FOXニュース(電子版)のコメント欄は「これで不法移民の犯罪を許してきた市長がこの世を去った」といったものは序の口で、まさに“死人にムチ打つ”ような憎悪感むき出しの書き込みであふれている。

 一方、吉村洋文大阪市長はリー市長の急死を受け、サンフランシスコ市側に哀悼の意を伝える。また、週内としてきた姉妹都市解消を決定する時期についても、吉村市長を交えた幹部会議を早急に開き、対応を協議する。